自動車の電動化やSDGs、カーボンニュートラルなどモノづくりを取り巻く環境が大きく変化しようとしている昨今、金型作りにおいても、さらに長寿命化や短納期、高精度といった高難易度な金型が求められている。そのためには新たな材料…
気泡を高速衝突させ、金型を表面改質【金型テクノラボ】
水中に発生させた気泡(キャビテーション)を金属に高速で衝突させるとそれが崩壊するときの衝撃力でピーニング効果が得られる。ウォータージェットピーニングと呼ぶこの技術はこれまで構造物の強度向上などに用いられてきた。しかし金型に適用することで耐久性を高めることができるという。技術の仕組みや特長について解説する。
サステナブルなピーニング技術
ウォータージェットピーニングは近年、世界中で研究が急速に進んでおり、メディア(球状粒子)を使わないサステナブルなピーニング技術として注目されている。金属部品の疲労強度アップや長寿命化に加え、マイクロディンプル(微細な凹凸)の形成や3D金属積層造形部品の未融解粉末の除去など、様々な付加価値を与える新しい工法である。
気泡が発生・崩壊する現象
キャビテーションとは、液体の流れの中で圧力差によって短時間に気泡の発生と崩壊が起きる物理現象である。船舶のスクリューなどで日常的に発生している。
キャビテーションに長時間晒されると「壊食」と呼ばれる破壊現象を引き起こし、部品寿命を著しく低下させる。しかしその一方、キャビテーションが発生させるエネルギーは大きく、それをコントロールすることができれば有効活用することが可能である。
CWJP
当社のキャビテーション・ウォーター・ジェット・ピーニング(CWJP)は、特殊なキャビテーション促進ノズルから高圧水を高速で水中に噴射する。これによりキャビテーションを発生させ、キャビテーションが崩壊する際のギガパスカル(GPa)クラスの衝撃力によってピーニング効果を得ることができる(写真1)。
約1㎜の深さに圧縮応力を付与
従来のショットピーニングは、主に金属の表面に圧縮応力を付与するために使われる。例えば、材質SKD61の場合、付与できる圧縮応力は材料の表層から深さ方向に0.5㎜付近までだ。だがCWJPは、深さ約1㎜付近まで圧縮応力を付与することができる。従来のショットピーニングの処理深度を大きく上回る(グラフ)。
さらに、圧縮応力付与とともに材料表面にマイクロディンプルを形成できる。マイクロディンプルは油だまりとなり、摺動する部品などを長寿命化することができる。
用いる液体は水道水や工業用水で、メディアを一切使用しない。そのためピーニング施工後の洗浄工程が不要で、現場環境や自然環境にも優しい。
微細な窪み、表面滑らか
CWJPは、施工後の表面の凹凸が極めて微細なのも特長だ。
メディアによるショットピーニングは、処理した材料の表面に隕石が衝突したようなクレーターと縁に起伏を発生させる。このクレーターは疲労亀裂や表面粗さを悪化させる原因になる。
一方のCWJPは、窪みを形成するだけで、クレーターを発生させない。そのため表面粗さはショットピーニングと比較すると滑らかになる(写真2)。
プレス金型のショット数1.4倍に
CWJPは耐久性アップを目的に金型にも適用され、ショット数を高めるなど効果が出ている。
例えば、プレス金型(材質:粉末ハイス鋼)に用いることにより、ショット数が従来比1.4倍近くに向上し、金型寿命を延ばした。
精密金型(材質:タングステンカーバイド)の事例では、引張応力がかかり易い放電加工面にCWJP処理した。圧縮応力を付与することで経年劣化を抑制する効果が期待できる。
金型の耐久性高める新たな工法
CWJP技術は30年ほど前から開発を進めてきた。当時は原子力発電所のシェラウドと呼ばれる構造物の溶接部に世界で初めて適用された。現在も炉内溶接構造物の応力腐食割れ(SCC)対策技術のスタンダードな工法となっている。
さらにこのCWJPを金型にも適用することで、ショット数向上に役立てることができる技術ということが分かった。これからも金型の性能を高める新たな工法として活用されるように取り組んでいく。
スギノマシン
- 執筆者:松井 大貴氏
- 住所:富山県滑川市中野島1800
- 電話番号:076・475・5112
記者の目
研磨材によるショットピーニングは金型の表面処理に広く使われてきた。しかし水中の気泡によるピーニングは先ごろ初めて知った。研磨材を使わず、洗浄が要らず、耐久性を高めることができる。その特長を活かせば金型の表面処理技術として用途開発が進むのではないだろうか(中)。
金型新聞 2023年8月10日
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