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JULY

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金型・プレス加工メーカーと精密板金加工メーカーがロックバンド・ギタリストとコラボし、特注ギターパーツを製作

プレス加工・金型製作を手掛ける新栄ホールディングス(東京都中央区、中村新一社長、以下「新栄HD」)と精密板金加工などを手掛ける浜野製作所(東京都墨田区、浜野慶一CEO)の2社が連携し、4人組ロックバンド「Plastic Tree」のギタリスト、ナカヤマアキラさんが使用するギターの特注パーツを製作した。新栄HDの中村社長が「Plastic Tree」の元メンバーだったことがきっかけで、今回の製作につながった。製作に至った経緯や製作時のエピソードなどについて取材した。

左から金岡専務、ナカヤマさん、中村社長

同じバンドメンバーだった中村社長とナカヤマさん

「Plastic Tree」は1993年に千葉県市川市で結成されたビジュアル系ロックバンド。97年にメジャーデビューし、これまでに約30作のアルバムをリリースしている。日本武道館やパシフィコ横浜などでもライブを成功させており、日本を代表するロックバンドの一つだ。ナカヤマさんは94年にギタリストとして正式加入し、現在まで活躍を続けている。新栄HDの中村社長はナカヤマさんと同じ年にドラム担当としてメンバーに加わり、96年までの1年半ほど在籍していた。

中村社長は当時についてこう振り返る。「加入した当時はライブの観客が20人ぐらい。それが徐々に増えていき、自分が脱退する直前には300人を集客できるまでになりました。インディーズでデビューし、CDをリリースしたり、全国ツアーを回ったり、本当に楽しかったです」。ナカヤマさんも当時を振り返り、「中村社長が入って初めてバンドとして機能し始めました。バンドが成長軌道に乗り始めた時で一番楽しい時期でもありましたね」。

あるライブの企画をきっかけに再会

当時の中村社長にとって、ナカヤマさんは「兄貴的な存在だった」という。「ナカヤマさんは自分よりも5つ年上で、すごく可愛がってもらっていて、二人でよくスタジオに入ってセッションしたり、ライブ終わりに飲んで、よくナカヤマさんの自宅に泊まらせてもらったりしていました」。

公私ともに仲の良かった二人だったが、中村社長がバンドを脱退してしばらくは疎遠だった。再び連絡をやり取りするようになったのは15年ほど前。あるライブの企画で元メンバーのコメントを流すという演出があり、収録のためにナカヤマさんが中村社長に連絡してからだ。それ以来、しばしば連絡を取り合うようになったという。

中村社長はナカヤマさんが所属するロックバンドのメンバーだった

ピックガードの製作を依頼

再びつながりができたそんなある時、ふとナカヤマさんの方から「中村社長の会社で、ギターのパーツを製作できないか」という相談があったという。「製造業を経営していると聞き、どんなものを作っているかはよく知らないが、何かできるのではないかと思い、連絡しました」。相談を受けた中村社長は、二つ返事でその依頼を引き受けたという。

そもそもギターはボディと呼ばれる本体部分や、ネックと呼ばれる支柱部分など10種類以上の部品で構成され、金属部品も多く使用されている。今回、ナカヤマさんが製作を依頼したのは、ボディに取り付けるピックガードと呼ばれる薄板の部品。演奏時に本体部分を傷付けないように保護するために取り付けられる。ナカヤマさんが使用しているギターのピックガードは樹脂製で、「金属製のものを製作したい」というオーダーだった。

本来、ギターの特注パーツは専門メーカーに製作を依頼する。ナカヤマさんもよくこうした専門メーカーを利用しているという。なぜ、今回あえて中村社長に依頼したのか。その理由についてナカヤマさんはこう語る。「ピックガードの形状が特殊だったため、専門メーカーに依頼してもフルオーダーになる。せっかくなら単に作るだけでなく、そのプロセスも含めて楽しみたかったというのが大きな理由です」。

製作したピックガードが取り付けられたギター(Washburn社製「N61」)

東京・墨田区の浜野製作所に協力依頼

その一方で、依頼を受けた中村社長は少し頭を悩ませていた。中村社長が経営する新栄HDは、プレス加工メーカー3社を傘下に持っているが、いずれの会社も主に金型を使った量産プレス加工を得意としている。今回のような一品物の製作は実績が少なく、適した加工設備も十分にそろっていなかった。「どうしたものか…」と考えを巡らせる中、「一品物の加工が得意な企業に協力をお願いした方がより良いものができると考えました」。そこで協力を依頼したのが、東京・墨田区で精密板金加工などを手掛ける浜野製作所だった。

浜野製作所は、レーザー加工機や3Ⅾプリンタ、マシニングセンタなどの設備を揃え、特に試作、開発などといった一品物の加工を得意としている。これまでにも半導体製造や宇宙などさまざまな産業分野の仕事を引き受けており、多くの実績を持つ。新栄HDとは取引はなかったが、中村社長は以前に浜野製作所の工場を見学したことがあり、「浜野製作所さんなら間違いないと思い、お願いしてみようと思った」。中村社長からの協力依頼を受けた浜野製作所の金岡裕之専務は快く引き受けたという。

ピックガードを加工したレーザー加工機を見学

現物をもとにピックガードを製作

通常、こうした部品を製作する際は、部品の形状や寸法などが書かれた図面をもとに材料を加工していく。一方、今回のナカヤマさんが製作を依頼したピックガードにはそうした図面はなく、あるのはもともと取り付けられていた現物だけだった。浜野製作所ではこうした現物をもとに図面化し、部品を製作することもできる。ナカヤマさんのピックガードもそのように製作された。

加工したアルミ板の厚みは1㎜。この厚みの調整が苦労したポイントだったという。ナカヤマさんの要望は演奏時の負担を減らすために、「できるだけ軽く」。その一方で、軽くするために板厚を薄くし過ぎると、ギターに取り付けた際にピックガードが反り返ってしまう。金岡専務は「このバランスを調整するのに苦労しました」と振り返る。

浜野製作所と新栄HDの2社が協力して製作した

アノダイズド加工でゴールドに

レーザー加工でピックガードの形状に加工されたアルミ板だが、そのまま完成とはいかない。アルミは無垢のままだと錆びやすく、傷つきやすい。そこで施すのが、アノダイズド加工という処理だ。陽極酸化処理やアルマイト処理とも呼ばれ、アルミの表面を保護するために行われる。傷や錆などを防ぐだけでなく、絶縁性を高める効果もあり、ノイズ対策にもつながるという。

昔からギターパーツに用いられ、今回製作したピックガードにもこのアノダイズド加工が施されている。また、アノダイズド加工はさまざまな色や光沢を表現できるのも特長。今回のピックガードは、ゴールドに着色し、もともと取り付けられていた黒色から高級感のある見た目に変わった。

アノダイズド加工を施した

専門メーカーでは味わえない面白さ

こうした“ミュージシャン”と“ものづくり”という異なる業界のコラボが実現したのは、何よりも双方に理解のある中村社長が間に立ち、仲介役を務めたからだろう。中村社長も製作時をこう振り返る。「ナカヤマさんの要望を聞き、ものづくりの観点を加えながら、浜野製作所さんにその要望を伝え、完成に近づけていきました」。製作期間は2週間ほどだったが、その半分はこうした打ち合わせや、調整などに費やした。

2社の連携によって完成したピックガード。ナカヤマさんは完成品を見た瞬間、「素晴らしい」と感激したという。「実際に取り付けてみて、思った通りの出来栄えで満足しています」。また、こうも語る。「中村社長と打ち合わせをし、浜野製作所さんの協力を得ながら、作り上げていくのは、やはり単に専門メーカーに依頼するのでは味わえない面白さがありました」。

中村社長も今回の取り組みの良かった点について、互いの業界について知見を深めることができたことを挙げた。「浜野製作所さんとも関係を構築することができました。こうやって輪が広がっていくのは、やっぱり良いなと感じます」。

金岡専務の説明を聞く中村社長とナカヤマさん

ナカヤマさんが考える次なる構想とは

現在、「Plastic Tree」は2027年に迎えるメジャーデビュー30周年に向けて、全国でライブツアーを繰り広げている。ナカヤマさんは今回製作したピックガードが取り付けられたギターをいずれかの公演で披露する予定だという。「準備が整ったので、今回のツアーのどこかでお披露目しようと思っています」。

中村社長がバンドを脱退して約30年。その間、ナカヤマさんはメジャー音楽シーンを走り続け、現在も第一線で活躍している。一方、中村社長は家業を継ぎ、現在はグループ3社を経営し、従業員約100人を抱える企業の社長を務める。別々の道を歩むことになった二人だったが、その道はギターパーツの製作を通じて再び交錯した。現在もナカヤマさんの頭にはさまざまな構想があるという。「ギターパーツはネジ1本からこだわり出すときりがない。考えていることはいろいろとあるので、今後も製作を依頼することがあるかもしれない」。次はどんなコラボがみられるのだろうか。

浜野製作所の屋上にて

ナカヤマアキラ

1971年生まれ、北海道出身。94年にサポートをしていた「Plastic Tree」にギタリストとして正式加入。作詞・作曲も手掛け、2020年にはAKIRA NAKAYAMA名義でソロ活動を開始。翌年には自身初のソロライブを開催した。現在、「Plastic Tree」メジャーデビュー30周年を記念したライブツアーを全国で繰り広げている。

金岡裕之(かねおか・ひろゆき)

1967年生まれ、東京都出身。高校卒業後、都内の精密板金加工メーカーに入社し、浜野慶一CEOと出会う。2000年に浜野製作所入社。浜野CEOと二人三脚で事業を展開してきた。現在は、専務を務め、技術部門を統括する。現場若手技術者の育成にも取り組む。

中村新一(なかむら・しんいち)

1975年生まれ、千葉県出身。94年にナカヤマさんが在籍する「Plastic Tree」にドラマーとして加入。バンド脱退後、2005年に新栄工業に入社し、14年に社長に就任。20年にアポロ工業、23年に飯能精密工業をM&A。2023年に新栄ホールディングスを設立し、新栄HDおよびグループ3社の社長を兼務する。

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